早稲田大学フェンシング部

◆早稲田大学フェンシング部沿革

終戦直後、剣道にいそしんでいた学生の間から思い切ってフェンシングを取り入れようとの声が上がりフェンシング部創設に奔走、1946年夏、稲門剣友会総会で部創設が認められ。フェンシング部が誕生した。

そして、学生剣道の達人たちが新しい剣の道を歩み始めたのである。

少しずつ新入部員も増えて活動が活発化し、創部から7年後の1953年、ついにリーグ戦で初優勝、同年全日本選手権エペの団体戦を制し、輝かしい戦績が部の歴史に刻まれていく。

  • 1953年 リーグ戦エペ初優勝。全日本選手権エペ団体優勝。
  • 1954年 竹村晃全日本選手権エペ個人優勝。
  • 1955年 リーグ戦フルーレ初優勝。本道博ユニバーシアード出場。
  • 1956年 リーグ戦優勝。
  • 1957年 リーグ戦2連覇。川名宏美・成瀬正澄ユニバーシアード出場。

第二次大戦中の苦難の時期を経て、終戦から復興期、学生スポーツ熱が高まる時代へ。
60年には電気エペが、61年には電気フルーレがリーグ戦で採用され、用具も大きく進化していく。
復興の象徴1964年東京オリンピックでは、早稲田大学記念会堂がフェンシング会場となり、フェンシングの認知度も一段と上がった。

その後リーグ戦1部下位と2部転落を繰り返す時期もあったが、70年1部復帰と同時に新しい闘いが始まり、少ない部員数にもかかわらず1部リーグ定着を目標に奮戦する。

  • 1973年 宮原辰朗インカレサーブル個人優勝。
  • 1976年 創部30周年式典開催。月曜会(OB練習会)発足。
  • 1977年 張守栄インカレエペ個人優勝。

81年には専用道場完成。練習の場は、体育局4階から西門そばに新設された体育館の地下1階へと移る。空調、シャワー、浴室なども完備された素晴らしい環境を得、練習に一層熱が入る。 この頃より世界羽ばたく部員が続出、女子部員も増え部員数が一挙に増加した。

その後の主な戦績は以下の通り。

  • 81年 遠藤聡一インカレエペ優勝。
  • 84年 鈴村元宏、エペジュニア世界選手権出場
  • 85年 鈴村元宏、佐々木剛フルーレジュニア世界選手権出場
  • 87年 鈴村元宏、エペジュニア世界選手権出場。小川敦行エペジュニアアジア選手権出場。
  • 88年 出野晴信、フルーレソウル五輪出場。
  • 89年 出野晴信、フルーレ世界選手権出場。
  • 90年 出野晴信、全日本選手権フルーレ個人優勝。リーグ戦で電気サーブル採用。
  • 91年 出野晴信、全日本選手権フルーレ個人2連覇。
  • 93年 リーグ戦で種目別入替戦導入。田中秀行、田中奈々絵エペジュニア世界選手権出場。
  • 94年 田中奈々絵、エペ世界選手権出場。岡田千恵子エペジュニア世界選手権出場。
  • 95年 田中奈々絵、エペ世界選手権、ユニバーシアード出場。リーグ戦が3人制となる。
  • 96年 田中奈々絵、エペアトランタ五輪出場。

かつては部員のほとんどが高校時代はフェンシング未経験、大学で初めて剣を握りながらも研鑽を積み強豪と互角に戦ってきたが、近年は高校で素晴らしい戦績を上げた新入部員も増え、ますます戦力、気力ともに充実している。

2011年、川名宏美前監督が亡くなられたことは部にとっても大きな痛手だったが、現在中村立雄新監督のもと、一致団結して新しい歴史を歩み始めている。

早稲田大学フェンシング部


部長 矢口徹也

監督 中村立雄
 
主将 竹下昇輝

副将  山根周祐

女子主将 才藤歩夢

主務 北原達也  

副務 武山 達

部室
早稲田大学17号館地下1階

練習時間
月・水:18時~
火・木・金:16時30分~
土:15時~

★電話 03-3203-8608
  

★FAX  03-3203-8608