パリオリンピック2024 現地レポート世界一美しい会場で成し遂げられた快挙
事前合宿から好調の日本団体
パリ五輪日本代表の事前合宿は、パリ郊外のブール・ラ・レで実施されました。
私も合宿にお邪魔し、エペの練習に参加したほか、ブール・ラ・レーヌ市がアレンジしてくれた地元マルシェのツアーにも参加、近くのレストランで食事を共にするなど、久しぶりにメンバーと交流することができました。加納・松山両選手ともにコンディション好調で、精神的にもリラックスできた状態で五輪を迎えることができている印象で、期待が膨らみます。
フェンシングの試合会場は、1900年パリ万博のメイン会場として建設されたグラン・パレ! パリを代表する歴史的建造物です。2010年の世界選手権の会場にもなっており、その際にも好評を博していましたが、今回のパリ五輪でも、エッフェル塔の足元に設置されたビーチバレー会場と並び、「最も美しい五輪競技会場」のひとつとして多くのメディアに取り上げられていました。
この美しい舞台で、日本代表はが躍動し、男女合わせ5個のメダルを獲得する結果になったことはご存知の通りですが、ここでは早稲田大学OBである加納・松山の活躍をあらためてお伝えします。
アウェイで輝いた「小さな巨人」加納選手
まず加納選手。エペ個人戦では言葉通り圧倒的な強さでの勝ち上がりを見せ、決勝の相手は見延・山田両選手を接戦の末倒して勝ち上がった地元フランスのヤニク・ボレル選手。完全アウェイの雰囲気の中、仲間の借りを返すべく臨んだ最高の舞台で15-9の完全勝利でした。相手より先に突けば勝ちというシンプルなルールのエペ競技は高身長でリーチの長い選手が多く、173cmの加納選手はかなり小柄な部類に入りますが、彼の強みはブレない強靭な体幹から生まれるスピードと神がかった剣捌き。そんな小さな巨人を、フェンシング競技に目の肥えた地元フランス人がスタンディングオベーションで祝福する雰囲気には鳥肌が立ちました。
続くエペ団体戦でも、安定したパフォーマンスを見せてチームに大きく貢献。決勝のハンガリー戦では、ハンガリーが得意とする堅牢な守備と巧みな試合運びの前に日本チームは終始リードを許す苦しい展開でしたが、アンカーの加納選手が驚異的な粘りで2点差を追いつき、延長戦に。このエース同士の最終試合は奇しくも世界ランキング1位の加納と2位のシクローシ・ゲルゲイ選手の一騎打ちとなり、五輪決勝の舞台にふさわしい最高の試合でした。最後の1本は相手に軍配が上がり惜しくも銀メダルでしたが、会場の観客全員を熱狂させる素晴らしいプレーを見せました。
大きなプレッシャーに打ち勝った松山選手
続いて松山選手ですが、個人戦ではベスト16でイタリアのフィリッポ・マッキ選手(銀メダル獲得)に惜敗。
日本男子フルーレ勢はこの日飯村選手が個人戦4位、前回の東京五輪では敷根選手が個人4位、団体4位と、あと一歩のところでメダルに手が届かず苦杯を舐めていました。
そんな中今回の日本フェンシングは連日のメダルラッシュ。加納の個人エペ金、女子フルーレ団体で銅、男子エペ団体で銀、女子サーブル団体が銅メダルを獲得。客観的に見れば最高の形で最終日の男子フルーレにバトンを託したと思われるかもしれませんが松山は「他種目がメダル獲得の歓喜に沸く中、プレッシャーに押しつぶされそうで、団体戦の前は生きた心地がしなかった」といいます。しかしそのプレッシャーを跳ねのけ、強豪フランス・イタリアを下して堂々の金メダル。世界ランキング1位、昨年世界選手権金メダルの貫録を世界に見せつけた五輪となりました。
私も日本フェンシング協会の理事(2017‐2021年)、世界フェンシング連盟の委員(2021年-2024年)として日本フェンシングの発展に微力ながら貢献してきたつもりでしたが、日本がフェンシング競技で5個のメダルを獲得し、五輪フェンシング競技のメダルランキングでトップになること等想像もできませんでした。その現場を間近に見られ、選手・監督・コーチ・スタッフと共に感動を分かち合うことが出来たことに今はただ感謝しています。
2024年8月22日 パリにて
坂 俊甫 (平成30年卒)
フルーレ団体金
女子サーブル団体銅メダル
加納のメダル2個